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佐賀地方裁判所 昭和62年(わ)100号 判決

本店所在地

佐賀県佐賀郡久保田町大字徳万一六四七番地

株式会社丸福建設

(右代表者代表取締役 田中利治)

本籍

佐賀県佐賀郡久保田町大字久保田一三三七番地

住居

同町大字徳万一六五〇番地

会社役員

田中利治

昭和三年三月二〇日生

本籍並びに住居

佐賀県佐賀郡久保田町大字徳万一六五〇番地

会社役員

田中茂治

昭和二九年一二月五日生

右株式会社丸福建設及び田中茂治に対する法人税法違反、田中利治及び田中茂治に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官天野和生出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人会社株式会社丸福建設を罰金八〇〇万円に、被告人田中利治を罰金二億二〇〇〇万円に、被告人田中茂治を懲役二年に各処する。

被告人田中利治においてその罰金を完納することができないときは、金四〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用はその二分の一ずつを、被告人田中利治及び被告人田中茂治の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人会社株式会社丸福建設(代表取締役田中利治)(以下「被告会社丸福建設」という。)は、佐賀県佐賀郡久保田町大字徳万一六四七番地に本店を置き、建設業等を営業目的とする資本金二一七六万円の株式会社であり、被告人田中茂治(以下「被告人茂治」という。)は被告会社丸福建設の専務取締役としてその業務全般を統括していたものであるが、被告人茂治において、被告会社丸福建設の業務に関し、法人税を免れようと企て、外注費及び給与並びに賞与の各一部を水増し計上して簿外資金を自己の個人消費に充てたほか、被告会社丸福建設の子会社である株式会社久保田土木(以下「久保田土木」という。)に対する未払金として過大な負債を計上する方法によりその所得を秘匿した上、昭和六〇年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における被告会社丸福建設の実際の所得金額は二億八八六〇万五五六五円(別紙一の1修正損益計算書参照)であり、これに対する法人税額は一億一二九三万三四〇〇円(別紙一の2脱税額計算書参照)であったにもかかわらず、昭和六一年二月二七日、同県佐賀市堀川町一番五号所在の佐賀税務署において、同税務署長に対し、その所得金額は二億〇一〇五万一二三〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(昭和六二年押第八八号の33)を提出し、もって右事業年度における正規の法人税額との差額三七九〇万五六〇〇円(別紙一の2脱税額計算書参照)を免れ

第二  被告人田中利治(以下「被告人利治」という。)は、同市鍋島町大字八戸溝四三七番地一においてパチンコ店「北部会館」を、同県杵島郡北方町大字大崎九〇四番地一においてパチンコ店「杵島会館」を、同郡江北町大字山口二七四五番地一においてパチンコ店「江北会館」をそれぞれ営業するもの、被告人茂治は、被告人利治の代理人としてその業務全般を任され事業を統括するものであるが、被告人茂治において、被告人利治の業務に関し、所得税を免れようと企て、売上の一部を除外して簿外資金を蓄積する方法等によりその所得を秘匿した上

一、昭和五七年分における被告人利治の実際の所得金額は二億三八二六万九二四三円(別紙二の1修正損益計算書参照)であり、これに対する所得税額は一億四八五六万五二〇〇円(別紙二の5脱税額計算書参照)であったにもかかわらず、昭和五八年三月一四日、前記佐賀税務署において、同税務署長に対し、その所得金額は八二八八万〇〇九五円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の36)を提出し、被告人利治の昭和五七年分における正規の所得税額との差額一億一五七〇万〇一〇〇円(別紙二の5脱税額計算書参照)を免れ

二、昭和五八年分における被告人利治の実際の所得金額は四億三〇〇二万二九五四円(別紙二の2修正損益計算書参照)であり、これに対する所得税額は二億九五六九万五四〇〇円(別紙二の6脱税額計算書参照)であったにもかかわらず、昭和五九年三月一四日、前記佐賀税務署において、同税務署長に対し、その所得金額は一億〇七二六万五七二六円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の37)を提出し、被告人利治の昭和五八年分における正規の所得税額との差額二億四二四六万三四〇〇円(別紙二の6脱税額計算書参照)を免れ

三、昭和五九年分における被告人利治の実際の所得金額は三億八二〇一万七五三二円(別紙二の3修正損益計算書参照)であり、これに対する所得税額は二億四四八六万三三〇〇円(別紙二の7脱税額計算書参照)であったにもかかわらず、昭和六〇年三月一四日、前記佐賀税務署において、同税務署長に対し、その所得金額は七七〇七万六〇七〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の38)を提出し、被告人利治の昭和五九年分における正規の所得税額との差額二億一二一八万二三〇〇円(別紙二の7脱税額計算書参照)を免れ

四、昭和六〇年分における被告人利治の実際の所得金額は四億二三一五万六九一五円(別紙二の4修正損益計算書参照)であり、これに対する所得税額は二億七一三二万四五〇〇円(別紙二の8脱税額計算書参照)であったにもかかわらず、昭和六一年三月一三日、前記佐賀税務署において、同税務署長に対し、その所得金額は八五六七万五九二四円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の39)を提出し、被告人利治の昭和六〇年分における正規の所得税額との差額二億三五六九万三六〇〇円(別紙二の8脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実について

一  被告人利治及び被告人茂治の当公判廷における各供述及び被告人茂治の裁判所に対する供述調書(四通、検三〇四乃至三〇七号)

一  被告人利治(検二三六号)及び被告人茂治(四通、検二三七乃至二四〇号)の検察官に対する各供述調書

一  被告人利治(九通、検二一三乃至二二〇、二二二号)及び被告人茂治(一三通、検二二三乃至二三五号)の収税官吏に対する各質問てん末書

一  証人武藤武志及び同末継秀隆の当公判廷における各供述及び末継秀隆(検二九九号)、武藤武志(三通、検三〇〇乃至三〇二号)の裁判所に対する証人尋問調書

一  被告人茂治の収税官吏に対する各質問てん末書(二通、検四二、四四号)

一  坂井光夫(検一五〇号)、荒木一夫(検一二六号)の収税官吏に対する質問てん末書

一  相川志津子(二通、検三三、三四号)の収税官吏に対する各質問てん末書

判示第一の事実について

一  白浜芳信(検一五七号)、相川志津子(検一五八号)の検察官に対する各供述調書

一  被告人利治(四通、検三八乃至四一号)及び被告人茂治(四通、検四三、四五乃至四七号)の収税官吏に対する各質問てん末書

一  証人原定之の当公判廷における供述及び原定之(検三〇三号)の裁判所に対する証人尋問調書

一  原定之(七通、検二〇、二二、二四乃至二八号)、荒木一夫(二通、検一二九、一三二号)、白浜芳信(三通、検三〇乃至三二号)、相川志津子(四通、検三三乃至三六号)、土井清治(検三一四号)、大塚勝俊(検三一五号)、原田輝章(検三一六号)、有賀克明(検一三九号)、岩松りえこ(検一四〇号)の収税官吏に対する各質問てん末書

一  田中利治外二名作成の「上申書」と題する書面(検八号)

一  田中利治外三名作成の「上申書」と題する書面(検九号)

一  収税官吏作成の各査察官調査書(四通、検六、七、二七六、二八二号)

一  収税官吏作成の各査察官報告書(一二通、検二六一、二七五、二七九、二八一、三一三、三一七乃至三二二、三三八号)

一  収税官吏作成の各「臨検てん末書」と題する書面(二通、検一一、一三号)

一  佐賀県土地開発公社理事長香月熊雄作成の捜査関係事項照会回答書(検三二四号)

一  小城土木事務所長田原昭夫作成の捜査関係事項照会回答書(検三二六号)

一  株式会社地崎工業九州支店作成の捜査関係事項照会回答書(検三二八号)

一  中井正二作成の「証明書」と題する書面(検一〇号)

一  登記官作成の各登記簿謄本(八通、検二、二〇六乃至二〇八、二一〇乃至二一二、三三三号)

一  久保田町長作成の各戸籍謄本(二通、検三、四号)

一  押収してある

1  60年未成工事バランス検定表一綴(昭和六二年押第八八号の1)

2  工事台帳一冊(同押号の2)

3  工事台帳一冊(同押号の3)

4  工事台帳一冊(同押号の4)

5  工事台帳一冊(同押号の5)

6  工事台帳一冊(同押号の6)

7  工事台帳一冊(同押号の7)

8  工事台帳一冊(同押号の8)

9  完成工事原価振替一綴(同押号の9)

10  完成工事一覧表一綴(同押号の10)

11  完成工事内訳書一綴(同押号の11)

12  注文書(控)二冊(同押号の12)

13  メモ一枚(同押号の23)

14  メモ一枚(同押号の24)

15  総勘定元帳一冊(同押号の25)

16  総勘定元帳一冊(同押号の26)

17  工事原価振替及び久保田土木との相殺資料綴一綴(同押号の27)

18  昭和六〇年一二月期事業年度分の確定申告書一綴(同押号の33)

19  昭和六〇年八月期事業年度分の確定申告書一綴(同押号の34)

20  昭和六一年八月期事業年度分の確定申告書一綴(同押号の35)

判示第二の一乃至四の事実について

一  被告人利治の収税官吏に対する質問てん末書(検二二一号)

一  杉町兼治(検一五六号)、大西逸夫(検一五九号)の検察官に対する各供述調書

一  杉町兼治(一七通、検一〇八乃至一二四号)、荒木一夫(五通、検一二五、一二七、一二八、一三〇、一三一号)、大西逸夫(六通、検一三四乃至一三八、一七一号)、荒木由美子(検一四一号)、相川志津子(検一四二号)、諸井多久一(四通、検一四三乃至一四六号)、中西義一郎(三通、検一四七乃至一四九号)、坂井光夫(三通、検一五一乃至一五三号)、樽海純一(検一五四号)、田中チサヨ(検一七二号)、横田美佐子(二通、検一七三、一七四号)、岩瀬美代子(検一七五号)、八頭司昭子(検一七六号)、西沢益男(検一七七号)、頗羅堕昇(検一七八号)、園田英士(検一七九号)、山口トヨ(検一八〇号)、済木虎和(検一八一号)、古賀次人(検一八二号)、平川敬次郎(検一八三号)、平川久美子(検一八四号)、梶原不二男(検一八五号)の収税官吏に対する各質問てん末書

一  田中利治外三名(検八四号)、田中利治外二名(四通、検八五、八六、八七、一〇一号)、田中利治外一名(二通、検九二、九四号)、田中茂治外一名(八通、検八九乃至九一、九六、九八、一〇〇、一〇二、一〇三号)、杉町兼治(四通、検八三、九五、九七、九九号)、杉町兼治外一名(検八八号)、坂井光夫(検九三号)作成の各「上申書」と題する書面

一  山口博司外一名(二通、検一〇四、一〇五号)、小川秀子(二通、検一〇六、一〇七号)作成の各「申述書」と題する書面

一  収税官吏作成の各査察官調査書(二三通、検五五乃至七七号)

一  収税官吏作成の各「脱税額計算書」と題する書面(四通、検七八乃至八一号)

一  収税官吏作成の「脱税額計算書説明資料」と題する書面(検八二号)

一  収税官吏作成の各査察官報告書(二通、検五四、二七一号)

一  辻建二郎作成の査察官報告書(検五三号)

一  収税官吏作成の各「臨検てん末書」と題する書面(六通、検一六一、一六二、一六四、一六六、一六八、一六九号)

一  有賀克明(四通、検一八六乃至一八九号)、平原敬次郎(検一九〇号)、済木虎和(検一九一号)、古賀次人(検一九二号)、母谷章宣(六通、検一九三乃至一九八号)、山形俊二(三通、検一九九乃至二〇一号)、山崎貞夫(三通、検二〇二乃至二〇四号)、大石龍美(検二〇五号)各作成の「証明書」と題する書面

判示第二の二乃至四の事実について

一  押収してある

1  匿名組合契約書一通(同押号の21)

2  昭和五八年第参弐五号匿名組合契約公正証書謄本一通(同押号の22)

判示第二の一の事実について

一  押収してある

1  総勘定元帳一冊(同押号の48)

2  決算報告書一綴(同押号の47)

3  五七年分の所得税の確定申告書一綴(同押号の36)

4  レベルブック一冊(同押号の41)

5  レベルブック一冊(同押号の42)

判示第二の二の事実について

一  押収してある

1  総勘定元帳二冊(同押号の13)

2  決算報告書一綴(同押号の18)

3  五八年分の所得税の確定申告書一綴(同押号の37)

4  レベルブック一冊(同押号の43)

判示第二の三の事実について

一  押収してある

1  総勘定元帳一冊(同押号の14)

2  総勘定元帳一冊(同押号の16)

3  総勘定元帳一冊(同押号の49)

4  決算報告書一綴(同押号の19)

5  五九年分の所得税の確定申告書一綴(同押号の38)

6  レベルブック一冊(同押号の44)

7  レベルブック一冊(同押号の45)

判示第二の四の事実について

一  押収してある

1  総勘定元帳一冊(同押号の17)

2  総勘定元帳一冊(同押号の50)

3  決算報告書一綴(同押号の20)

4  六〇年分の所得税の確定申告書一綴(同押号の39)

5  レベルブック一冊(同押号の46)

(弁護人の主張に対する判断)

第一法人税法違反被告事件について

弁護人は、被告人茂治は、被告会社丸福建設の業務に関し、被告会社丸福建設の子会社である久保田土木に対する外注費の水増し未払金として過大な負債を計上したことはなく、久保田土木に対する未払金の計上は被告会社丸福建設の法人税を免れようとするためにしたものでもなく、従って、右未払金の計上によって被告会社丸福建設の法人税を免れようとする故意もなかった旨主張し、被告人利治及び被告人茂治も当公判廷において右主張に副う供述をしているので判断する。

前掲関係各証拠によると、次の事実が認められる。

被告会社丸福建設は、建設業等を目的とし、昭和四一年設立され、本件起訴当時代表取締役が被告人利治、取締役が被告人利治の長男被告人茂治、被告人利治の妻田中チサヨ、被告人利治の長女の夫杉町兼治であり、昭和五五年に資本金を二一七六万円に増資したもの、久保田土木は昭和五四年六月被告人利治、被告人茂治、田中チサヨが出資し、目的を土木建築業として設立した有限会社久保田土木を、昭和五八年八月に株式会社に組織を変更し、被告人茂治がその代表取締役となったものであるが、久保田土木を設立した目的は、専ら被告会社丸福建設の請負った工事の土木部門を下請けさせることにあったこと、即ち、久保田土木はその事業を被告会社丸福建設の行う工事のうち土木部門を担当し、他から工事を請負うことが殆どなかった。被告会社丸福建設は久保田土木に対し工事を下請けさせるにあたり、工事の請負契約書を作成することも注文書を交付することもなく、久保田土木の行った工事の完成後、費用を立て替えるなどした工事原価を差引いて粗利益が確定してから、注文書の日付けを下請契約の日に遡らせて作成し、被告会社丸福建設の経理部長原定之がその下請工事代金を事実上決定し、被告人茂治の承認を経た上その決定に基づいて久保田土木の経理担当をする被告人利治の二女の夫荒木一夫が久保田土木の会計を処理していた。

久保田土木の設立にあたり、被告人茂治はその決算期を毎年八月三一日として被告会社丸福建設の決算期である毎年一二月三一日から約半年ずらしておくことにしたが、被告会社丸福建設の利益が年によって大きい変動があっては対外的に信用失墜の一因になるものと考え、被告人利治が昭和五四年八月法人税法違反の罪により懲役八月、三年間刑執行猶予に処せられてから被告会社丸福建設の経営を事実上被告人茂治に任せていたこともあって、被告会社丸福建設の利益を毎年前年の利益に或る程度上乗せした位に抑えるよう、久保田土木に下請けさせた工事については一月から八月までは被告会社丸福建設に利益の割合を多くし、久保田土木に少なくし、九月から一二月までは被告会社丸福建設に利益の割合を少なく、久保田土木に多くして両者の利益の平均化を計ってきた。被告人茂治は、以上のような操作を久保田土木設立当時から腹心の部下原定之に指示して昭和六〇年に至ったが、同年中に被告会社丸福建設が久保田土木に下請けさせた工事については佐賀競馬場外馬券発売所造成工事、港湾第一号住ノ江港湾改修工事及び九州横断自動車道大和西工事の三工事(以下「本件三工事」という。)を除く工事の利益の配分率は、同年一月から八月までが被告会社丸福建設八四・九六%、久保田土木が一五・〇四%、同年九月から一二月までが被告会社丸福建設一・五九%、久保田土木が九八・四一%、平均被告会社丸福建設八〇・一七%、久保田土木が一九・八三%であった(検二七六号参照)。

ところが、被告会社丸福建設の昭和六〇年の事業年度成績が非常に良かったことから被告会社丸福建設の経理部長原は、同年一〇月ころ、かねて被告人茂治から指示されていたとおり利益の配分について久保田土木に多く、被告会社丸福建設に少なくして被告会社丸福建設の利益が前年の利益に比較して急に増大することのないように操作するため部下の経理担当者白浜芳信に命じて本件三工事につき特に久保田土木に利益を多く配分するよう計算させ、佐賀競馬場外馬券発売所造成工事について被告会社丸福建設の元請け工事代金六九三八万〇七〇〇円の九六%にあたる六六六一万円、港湾第一号住ノ江港湾改修工事について同七一六一万二〇〇〇円の九七%にあたる六九四六万円、九州横断自動車道大和西工事について同五三五〇万七四〇〇円の九九%にあたる五二九八万円をそれぞれ久保田土木の下請け工事代金として利益を久保田土木に多く配分するように操作したが、なお被告会社丸福建設の利益が突出するため久保田土木の下請け工事代金を佐賀競馬場外馬券発売所造成工事について二〇〇〇万円上乗せして八六六一万円に、港湾第一号住ノ江港湾改修工事について一五〇〇万円上乗せして八四四六万円に、九州横断自動車道大和西工事について一五〇〇万円上乗せして六七九八万円にそれぞれ増額し、いずれもいわゆる赤字発注したことにして被告会社丸福建設の利益をおさえた。

本件法人税法違反を調査した国税査察官末継秀隆らは前記のとおり被告会社丸福建設と久保田土木との間の経理が通常の会社間の経理と異なり、被告会社丸福建設の昭和六〇年度の収益が確定出来難い状態にあり、前記のとおり調査の結果凡そ利益の配分は被告会社丸福建設が八、久保田土木が二の割合になっていたけれども、被告人茂治及び前記原に対し本件三工事の利益の配分について本来どのように配分すべきであったか上申書を提出してその事情を述べるよう促し、被告人茂治らはこれに応じて上申書を提出した(検八号)。右上申書によると、利益の分配率は、佐賀競馬場外馬券発売所造成工事については被告会社丸福建設が七三・七%、久保田土木が二六・三%、港湾第一号住ノ江港湾改修工事については被告会社丸福建設が七四・二%、久保田土木が二五・八%、九州横断自動車道大和西工事については被告会社丸福建設が七四・二%、久保田土木が二五・八%となっており、いずれも前記国税査察官らの調査結果より被告会社丸福建設に有利であったが、これらの利益配分率による被告人茂治らの計算によると佐賀競馬場外馬券発売所造成工事の利益については二八八二万九三〇〇円、港湾第一号住ノ江港湾改修工事の利益については二五三四万八〇〇〇円、九州横断自動車道大和西工事の利益については二一三七万二六〇〇円それぞれ被告会社丸福建設に過少に計算し、その合計は七五五四万九九〇〇円となっていた。

福岡国税局収税官吏は被告会社丸福建設の昭和六二年三月被告会社丸福建設及び被告人茂治を法人税違反の嫌疑で告発したが、被告会社丸福建設の昭和六〇年の事業年度の所得金額の内完成工事原価を前記被告人茂治らの作成した前記上申書記載の本件三工事につき合計七五五四万九九〇〇円の過少申告があったものとし、その他給与ならびに賞与の各一部水増し計上等を調査し被告会社丸福建設の昭和六〇年度の所得金額を二億八八六〇万五五六五円と算定した。

右事実によると、被告人茂治は久保田土木の代表者であり、かつ被告会社丸福建設の事実上の経営者であり、両会社とも被告人利治の一族が資本参加し、また役員を構成していたから久保田土木は被告会社丸福建設の典型的な同族的子会社と認められ、被告人茂治は両会社を事実上支配し、両会社の利益分配についても最終的な決定権をもっていたから、厳格な経理による利益の配分によらず、両会社の規模、実績等を勘案して両会社の利益の配分を定めてきたものと認められる。

しかし、被告人茂治は、右分配について全く恣意に決定していたものではなく、久保田土木がいずれ被告会社丸福建設の子会社として業界に認められることを願い、その努力をしてきたものであって、久保田土木は被告会社丸福建設ときわめて密接な関係にあるとはいえ、これとは独立した会社として経理も別になされていたものと認められる。

とはいえ、前記関係から久保田土木に対する利益の配分についてはかなり杜撰なものがあり、両社の決算期がずれていたため被告人茂治は久保田土木の決算期の近くにあっては久保田土木の利益を圧縮し、被告会社丸福建設の決算期の近くにあっては被告会社丸福建設の利益を圧縮するなどして両社の利益が突出するようなことのないよう操作してきた。しかし、被告人茂治はかような操作はしてきても、年間を通じて久保田土木に対する利益の配分には前記のとおりその規模、実績に照らして一定のものがあることを認識していたであろうことは、久保田土木をいずれ業界に認められる会社に育て上げようとしていたことをみても明らかである。前記のとおり、昭和六〇年度中の被告会社丸福建設と久保田土木との本件三工事を除く工事の利益の配分率は、被告会社丸福建設が約八割、久保田土木が約二割であったが、前記のとおりの被告人茂治の両会社の経営方針からみれば、従前からの両会社の利益の配分率も同程度であったものと推認され、右利益の割合には合理的なものがある。

前記認定のとおり、国税査察官はなお被告会社丸福建設が八、久保田土木が二とする利益割合を基に被告会社丸福建設の収益を算出することをせず、被告人茂治らに本件三工事の利益の配分割合を任意に算出するよう促し、被告人茂治らはこれに応じて上申書(検八号)を作成したものであって、その内容が右割合より被告会社丸福建設に有利であったことをも併せ考えると、右上申書が国税査察官の強制によって作成されたものとはいい難く、国税査察官が右上申書を基に被告会社丸福建設の過少申告額を算出して告発し、検察官もこれに合理性があるものとして判示第一のとおりの被告会社丸福建設らに対する法人税法違反について本件起訴に及んだものであるが、その脱税額の算定に当たり違法な証拠によったものと認められるところもなく、その算定に合理性も認められる。

弁護人は、被告人茂治は被告会社丸福建設の所得総額が前年度に比較して突出し、次年度に減少することが会社の信用上不利益となり、その利益が久保田土木から次期に納税される税額に変わりないこと等から久保田土木に赤字発注するに至ったものであって、被告人茂治に法人税を免れようとする意思はなかった旨主張するけれども、被告人茂治が本件三工事について前記のとおり被告会社丸福建設が久保田土木に赤字発注したことにしたこと自体異例なことであって実体に副わない措置であり、被告人茂治は被告会社丸福建設の利益を抑えることを考えて右措置を講じたものであるから、その結果被告会社丸福建設の法人税が減少することを認識していたことは明らかであって、久保田土木が次期にその受けた利益に相当する法人税を納入することにしていたからといって被告会社丸福建設の当然納めるべき法人税を免れる意思がなかったものということはできない。

第二所得税法違反被告事件について

弁護人は、被告人利治は、パチンコ店「北部会館」、同「杵島会館」、同「江北会館」(以下「本件パチンコ事業」という。)の開設にあたって何らの資金をも出資せず、本件匿名組合契約を締結するに際しても現実に資金を出資したこともなく、ただ、被告人利治の顧問税理士諸井多久一(以下「諸井税理士」という。)の計算によると本件パチンコ事業の資産がマイナスになったため同税理士が形式的に「のれん料」として二〇〇〇万円を計上して右パチンコ事業の資産を約二〇〇万円とし、これを被告人利治の事業とし、他の現実に各二〇〇万円を出資した被告人茂治ら組合員の右金額に合わせて配当基準を作ったに過ぎず、かえって被告人茂治は本件パチンコ事業を発案し、実際上の経営を実行してきたものであって、これらの諸般の事情を総合考慮すると、本件パチンコ事業の所得の実質上の帰属者は被告人利治ではなく、被告人茂治である。また、本件匿名組合契約は、本件パチンコ事業の収益を享受すべき被告人茂治ら三名と被告人利治とが合意の上締結した真正な契約であって、被告人利治の所得を分散するためにした虚偽のものではなく、実質的課税の原則から本件パチンコ事業の所得は匿名組合契約の認める範囲内でのみ被告人利治に帰属するものである旨主張するので検討するに、前掲関係各証拠によると、次の事実が認められる。

一、本件パチンコ事業の実質的経営者について

被告人利治は、地元の小学校を卒業してから農業に従事し昭和二六年ころ個人で土木工事業を開業し、順調に業績を挙げて昭和三〇年一〇月これを有限会社田中土建として法人組織化してその代表取締役に就任し、さらに業績を挙げて昭和四一年一月被告会社丸福建設を設立してその代表取締役に就任したものであるが、被告会社丸福建設を佐賀県内でも有数の建築業を営む企業に作り上げたいわば立志伝中の人物と認められる。被告人茂治は、被告人利治の長男として昭和二九年一二月に生まれ、高校卒業後昭和五二年三月日本大学を卒業し、同年四月株式会社清水建設に入社し、昭和五三年六月父被告人利治の要請により被告会社丸福建設の事業に従事すべく株式会社清水建設を退社し、昭和五四年六月被告会社丸福建設の取締役に就任し、父被告人利治とは独立した会社を経営したい希望があって昭和五四年六月被告人利治と協議して有限会社久保田土木を設立し、もっぱら被告会社丸福建設の下請工事を行うようになり、昭和五八年二月にはこれを株式会社久保田土木と組織変更をし、昭和五九年二月には被告会社丸福建設の専務取締役に就任した。

被告人利治は昭和五二年一二月佐賀市鍋島町八戸溝にパチンコ店「北部会館」(以下「北部会館」という。)を開設したが、もともと土木建築業で成功したてまえパチンコ店経営の世間体を考慮して営業許可を受くべき者を妻の田中チサヨとして届出をすませたが、右開設に当たり建物の敷地は自己所有の土地及び被告会社丸福建設所有の土地を被告人利治が借り受けてこれに当て、建物建築の費用及びパチンコ機械の費用は被告会社丸福建設から被告人利治が借り受けてこれに当てた。被告人利治は、被告人茂治をゆくゆくは自己の後継者にしようと考えていて、被告会社丸福建設の経営についても被告人茂治に任せてきたが、被告人茂治は久保田土木を経営し、北部会館の経営も被告人利治から任されるようになって被告人利治の経営する事業全般について次第にその実権を握るようになっていった。昭和五七年一二月ころ、北部会館の業績が挙がっていたこともあって、被告人茂治は被告人利治にパチンコ店の新規開設を進言し、被告人利治もこれを入れて佐賀県杵島郡北方町にパチンコ店「杵島会館」(以下「杵島会館」という。)を開設したが、北部会館同様その敷地は被告人利治所有の土地及び被告人利治が他から借り受けてこれに当て、建物建築の費用及びパチンコ機械購入の費用は被告人利治が他から借り受けてこれに当て、営業許可名義人も前同様田中チサヨとした。被告人茂治は右杵島会館の経営を被告人利治から任されたが、前記のとおり被告人利治経営の事業全般の事実上の経営権を握りつつあったことから北部会館、杵島会館の経営一切を取り仕切っていた。後に述べるとおり昭和五八年二月北部会館、杵島会館について匿名組合契約が締結されたが、その後もパチンコ店経営は順調で、被告人茂治は被告人利治にさらにパチンコ店の新規開設を進言し、被告人利治はこれを入れて昭和五九年七月佐賀県杵島郡江北町にパチンコ店「江北会館」(以下「江北会館」という。)を開設したが、前同様その敷地については被告人利治所有の土地及び被告人利治が他から借り受けた土地を当て、建物建築の費用及びパチンコ機械購入の費用は被告人利治が他から借り受けてこれに当て、営業許可名義人も前同様田中チサヨとした。

以上の事実が認められ、右事実によれば、被告会社丸福建設を佐賀県下で有数の建築業を営む会社に育てあげたのは被告人利治に外ならず、被告人茂治は被告人利治の長男として被告人利治からその後継者として期待されてその経営に参画したものに過ぎず、被告人利治は被告会社丸福建設の外に北部会館経営に乗り出したがその後もその経営を被告人茂治に委ねただけのものであってそれ以上のものでもなく、さらに杵島会館、江北会館開設について被告人茂治から進言を受けたとはいえ、これらを開設したのは被告人利治であって、以上三店の本件パチンコ事業の経営を被告人茂治が事実上取り仕切っていたからといって、もともと被告人利治がその経営を被告人茂治に委ねただけのものであり、被告人茂治がその経営者になるものでもなく、実質上の右三店の本件パチンコ事業の経営者は被告人利治と認められる。以上のとおりであるから、北部会館、杵島会館及び江北会館の収益の実質上の帰属者は被告人茂治であるとする弁護人の主張は理由がない。

二  本件匿名組合「若楠会」について

被告人利治を営業者とし、被告人茂治、杉町兼治、荒木一夫をそれぞれ出資者、即ち組合員として昭和五八年二月二五日被告人利治の経営するパチンコ店北部会館及び杵島会館の営業に関して匿名組合契約が締結され、昭和五九年三月六日には江北会館について被告人利治が被告人茂治ら三名に対しその開設の同意を求めてその承諾を得たとし、以後被告人利治はその経営する本件パチンコ事業の営業により生じた利益の一部を出資率により組合員に配分したとしてこれを除外して所得税の確定申告をし、被告人茂治ら組合員も同額の利益の分配を受けたとして確定申告をしているが、本件匿名組合契約締結の経緯について、前掲関係各証拠によると次の事実が認められる。

被告人利治は、昭和五五年ころから被告会社丸福建設等被告人利治経営にかかる関連企業の経理の処理を諸井税理士に委託してきたが、前記のとおり北部会館、杵島会館の営業成績が好調で収益が挙がり、それに伴い昭和五七年ころには被告人利治の所得の所得税率も最高税率に近くなることが見込まれるようになり、同税理士に所得税の減額の方法はないかと相談を持ち掛け、被告人茂治もそのころ北部会館、杵島会館の経営を事実上取り仕切っていたことから被告人利治の納める右パチンコ店の所得税の減額について同税理士に相談した。諸井税理士は高率の所得税率を下げるためには所得を分散する方策が適切と考え、被告人利治、被告人茂治、杉町兼治及び荒木一夫を事務所に呼んで同被告人らに対し「節税をするには、所得を分散して累進税率を軽減することが一つの方法、例えば所得が二億円あったとき、一人では最高税率八〇%が適用されるが、四人に所得を分散すれば一人当たり五千万円とした場合、適用税率は六〇%ぐらいですみ、二〇%ぐらいの軽減となりそれだけ可処分所得がふえる。」と説明し、そのためには研究の結果匿名組合契約を締結するのがよいと述べた。被告人利治らはいずれも匿名組合とは何か、その実体を理解することができなかったが、高い累進税率が避けられるものであればこれに越したことはないので諸井税理士の指導に従うこととしたが、被告人茂治、杉町兼治及び荒木一夫いずれも被告人利治のこれまでのパチンコ店経営の実体を変える意図はなかった。同税理士の純資産方式の計算によると北部会館及び杵島会館の資産は、その土地やパチンコ機械等を除いて算出するとマイナスになるため、同税理士は根拠もないまま「のれん料」として約二〇〇〇万円を計上し、その資産を約二二七万円と見積もり、被告人茂治、杉町兼治及び荒木一夫が出資すべき金額を二〇〇万円とするよう提案した。被告人茂治は右二店の資産は建物や機械だけを見積っても少なくとも三億円はあり、年間の利益を四等分すれば被告人茂治、杉町兼治及び荒木一夫が二〇〇万円の出資でそれぞれ数千万円の配当を受けることになり、常識では考えられない結果になるし、もともと資金が必要なために匿名組合契約を結ぶものでもなく、現実に利益を組合員に配分する意図は全くないし、またこれを配分すれば、従前の経営の実体が変わって経営が困難になることが予想されることに疑問を持ち、この点を同税理士に質したが、同税理士から配当金は被告人利治が組合員から借り受けたことにすれば何ら経営に支障を来すものでない旨きかされ、その他契約内容に多少の疑義はあったが、要するに被告人利治の所得税対策上の処理でパチンコ店の経営の実体に何らの変更はなく、被告人利治に損失を与えることもなく、杉町兼治も荒木一夫も被告人茂治から被告人利治の所得税の軽減を計らねばならないと聞かされ、諸井税理士事務所で匿名組合の説明を受けるなどしてきたことから匿名組合が税金対策上のものでパチンコ店の経営の実体に何らの変更はないことを了解しているものと考え、諸井税理士の指導に従うこととした。他方、杉町兼治も荒木一夫も被告人茂治が被告人利治に代わって被告会社丸福建設はじめパチンコ店の経営一切を取り仕切っていることから、被告人茂治のなすところに従うだけで異議もなく諸井税理士の指導にそのまま従った。

諸井税理士は被告人利治の関係する事業の顧問税理士として被告会社丸福建設、久保田土木の経理に関与していたことから、昭和五八年三月末ころ被告人茂治の出資金二〇〇万円を同被告人が久保田土木から借り受けたものとして久保田土木の預金口座から被告人利治の北部会館の預金口座に、杉町兼治の出資金二〇〇万円を被告会社丸福建設から借り受けたものとして被告会社丸福建設の預金口座から被告人利治の北部会館の預金口座にそれぞれ振込み、荒木一夫に対し右被告人利治の北部会館の預金口座に二〇〇万円を振り込むよう指示し、荒木一夫はそのころ同人の経営する久保田自動車工業から二〇〇万円を借り受けてこれを被告人利治の右預金口座に振り込んだ。

前記認定のとおり、被告人利治は被告人茂治の進言により昭和五九年七月江北会館を開設したが、被告人茂治が北部会館、杵島会館二店を父被告人利治が開設するに当たっては土地、機械のみをみても三億円を必要とした旨述べるところをみれば、江北会館の開設にもそれに相応する資金を要したと考えられ、被告人利治がこれを調達したと認められるところ、諸井税理士は江北会館を本件匿名組合契約に含めるため、昭和五九年三月被告人利治に対し被告人茂治、杉町兼治、荒木一夫にそれぞれ右開設についての同意を求めさせたが、被告人利治はじめ被告人茂治ら組合員はただ諸井税理士の指示に従い、被告人茂治ら組合員はこれに同意したものの、右江北会館開設に際して何らの出資もしなかった。

諸井税理士は、本件パチンコ店経営の組合員三名に分配すべき利益として、昭和五八年度分八〇七六万五一六〇円(昭和六二年押第八八号の18、同押号の14、昭和五九年度総勘定元帳未払配当金欄参照)、昭和五九年度分一億一九二八万四三二〇円(同押号の19参照)、昭和六〇年度分一億二四九一万八二〇〇円(同押号の20参照)を計上したが、被告人茂治ら三名の組合員が同率の分配を受けるから、各組合員は計算上いずれも昭和五八年度分二六九二万一七二〇円、昭和五九年度分三九七六万一四四〇円(同押号の15、昭和六〇年度総勘定元帳未払配当金欄参照)、昭和六〇年度分四一六三万九四〇〇円の分配金を受けることになる。しかし、被告人茂治は右分配金を自己に対しても杉町兼治及び荒木一夫に対しても分配する意図がなかったから、諸井税理士はその意を汲んでこれらを次のように処理した。即ち、荒木一夫については、昭和五八年度分の支払分配金につき昭和五九年三月二九日支店勘定として八三〇万円が杵島会館に振り込まれ、同年五月三〇日現金八〇〇万円が支払われ、残額一〇六二万一七二〇円は被告人利治が荒木一夫から期限もない長期の借り受けをしたものとして処理され(同押号の14、昭和五九年度総勘定元帳未払分配金欄一二月三一日、長期借入金同日一六六二万八三九〇円参照、後期杉町兼治の長期借入金六〇〇万六六七〇円が加算されたものと認められる。)、支店勘定八三〇万円については昭和五八年度三期の所得税八二七万八八〇〇円の納付に当てられ(同押号の16、本店勘定三七一、三月二九日八三〇万円、同押号の14、支店勘定三七二一、同日、同額、同押号の14、未払分配金四三二、同日、同額、検二七一号荒木一夫の昭和五九年三月三〇日付領収済通知書参照)、現金八〇〇万円の支払いは荒木一夫が右分配金を受けたことに伴い支払うべき所得税、住民税等の支払いに当て(同押号の14、未払分配金四三二、五月三〇日八〇〇万円、現金一一一、同月三一日二億五七六二万三二六五円、検二七一号荒木一夫の昭和五九年五月三一日付領収済通知書参照)、昭和五九年度の支払分配金につき、昭和六〇年一二月三一日全額三九七六万一四四〇円を被告人利治が荒木一夫から期限もない長期の借受けをしたものとして処理された(同押号の15、昭和六〇年度総勘定元帳長期借入金四五一、同年一二月三一日欄参照)。杉町兼治については、昭和五八年度分の支払分配金につき昭和五九年三月二七日、同年五月三〇日各現金五〇〇万円、同年七月三一日現金二五〇万円、同年一一月三〇日現金一八〇万〇八〇〇円が支払われ、同年一二月三一日支店勘定として一七〇万二九〇〇円が杵島会館に振り込まれ、同日短期貸付金として四九一万一三五〇円、長期借入金六〇〇万六六七〇円(同押号の14、昭和六〇年度総勘定元帳長期借入金欄参照)として処理され、支店勘定、現金支払いは杉町兼治が右分配金を受けたことに伴い支払うべき所得税、住民税等の支払いに当て、(同年三月二七日五〇〇万円については、同押号の14、未払分配金四三二、同日五〇〇万円、現金一一一、同月三一日、二億三〇三五万六一三五円、検二七一号杉町兼治の昭和五九年三月三〇日付領収済通知書参照、同年五月三〇日五〇〇万円については、同押号の14、未払分配金四三二、同日五〇〇万円、現金一一一、同月三一日二億五七六二万三二六五円、検二七一号杉町兼治の昭和五九年五月三一日付領収済通知書参照、同年七月三一日二五〇万円については、同押号の14、未払分配金四三二、同日二五〇万円、現金一一一、同月三一日二億四二八二万四五六四円、検二七一号杉町兼治の昭和五九年七月三一日本税支払三一九万一九〇〇円参照、同年一一月三〇日一八〇万〇八〇〇円については、同押号の14、未払分配金四三二、同日一八〇万〇八〇〇円、現金一一一、同月三一日二億二八六九万〇五〇三円、検二七一号同年一一月三〇日本税三一九万一九〇〇円参照、支店勘定同年一二月三一日一七〇万二九〇〇円については、同押号の14、支店勘定三七二一、同日一七〇万二九〇〇円、未払分配金四三七、同日杉町兼治一七〇万二九〇〇円、同押号の16、昭和五九年度総勘定元帳、本店勘定三七一、同日二八四万四八〇〇円、短期貸付金一二四、同保二八四万四八〇〇円、同年一一月一二日杉町兼治市民税一〇八万〇八〇〇円、同年一二月三一日杉町兼治事業税六二万二一〇〇円、事業主貸三九九、同日六二万二一〇〇円参照、短期貸付金四九一万一三五〇円については、同押号の14、短期貸付金一二四、昭和五九年一二月三一日杉町兼治四九一万一三五〇円、未払分配金四三二、同日四九一万一三五〇円、短期貸付金一二四、同年九月一三日市民税ほか一七〇万一三五〇円、同月二八日二二〇万円、同年一二月三〇日一〇〇万円、一万円参照、長期借入金六〇〇万六六七〇円については前記のとおり押第14号長期借入金四五一、昭和五九年一二月三一日一六六二万八三九〇円に含まれるものと認められる。)、昭和五九年度の支払分配金につき、昭和六〇年一二月三一日短期貸付金として三〇五二万九八三〇円、長期借入金として九二三万一六一〇円として帳簿上処理された〔同押号の15未払分配金四三二、昭和六〇年一二月三一日杉町兼治三九七六万一四四〇円、長期借入金につき同押号の15長期借入金四五一、同日杉町兼治九二三万一六一〇円参照、短期貸付金につき同押号の15短期貸付金一二四、同日三〇五二万九八三〇円、諸口勘定五九九、同日三〇五二万九八三〇円、短期貸付金一二四、同年四月九日杉町兼治三三〇万二九三〇円、同年五月三〇日杉町兼治二〇〇万円、同月三一日杉町兼治四五〇万円、同年七月一日杉町兼治一九八万七一〇〇円(後期同年一一月八日杉町兼治市民税一九八万七一〇〇円と同額であることから市民税と認められる。)、同月三一日杉町兼治六四七万九八〇〇円(後期同年一一月三〇日杉町兼治予定納税六四七万九八〇〇円と同額であることからこれは予定納税として納入されたものと認められる。)、同年九月四日杉町兼治事業税二八九万〇一〇〇円、同年一一月八日杉町兼治市民税一九八万七一〇〇円、同月一二日杉町兼治事業税九〇万三〇〇〇円、同月三〇日杉町兼治予定納税六四七万九八〇〇円、検二七一号の杉町兼治昭和六〇年四月九日納入所得税六五五万五七〇〇円(前記同日三三〇万二九三〇円は期日が同日であることからこれは右所得税納入額の中に含まれているものと認められる。)五月三一日納入所得税六五〇万円(前記杉町兼治同月三〇日二〇〇万円、同月三一日四五〇万円の合計額と同額であることからこれは、右所得税六五〇万円と認められる。)の各記載参照〕。被告人茂治については、昭和五八年度分の支払分配金につき昭和五九年三月二九日に一三四〇万円、同年一二月三一日に一一四万一九〇〇円がそれぞれ支店勘定として杵島会館に振り込まれ、同年一一月三〇日現金四四〇万円が支払われ、同年一二月三一日四三九万〇五〇〇円を事業主即ち被告人利治から被告人茂治に貸与したものとしこれをもって被告人茂治の事業税の支払いに当て、同日残額三五八万九三二〇円を被告人茂治が被告人利治から短期の借受けをしたとし、これらを被告人茂治が受けるべき未払分配金で相殺したものとして処理され、支店勘定、現金支払いは被告人茂治が右分配金を受けたことに伴い支払うべき所得税、住民税等の支払いに当て〔支店勘定一三四〇万円については、同押号の14の支店勘定三七二一、昭和五九年三月二九日一三四〇万円、未払分配金四三二、同日同額、同押号の16本店勘定三七一、同日、同額、現金一一一、同月三一日一億五三四六万二五九四円、検二七一号被告人茂治の昭和五九年三月三〇日付領収済通知書一三三〇万四七〇〇円参照、現金四四〇万円については、同押号の14未払分配金四三二、同年一一月三〇日被告人茂治四四〇万円、現金一一一、同日二億二八六九万〇五〇三円、検二七一号同日被告人茂治所得税納入四三九万〇五〇〇円参照、事業主貸四三九万〇五〇〇円については、同押号の14未払分配金四三二、昭和五九年一二月三一日被告人茂治四三九万〇五〇〇円、事業主貸三九九、同日被告人茂治同額、同年七月三一日被告人茂治四三九万〇五〇〇円について予定納税の記載があり、これと同額であることをみると、本件事業主貸四三九万〇五〇〇円は予定納税のために使用されたものと認められる。支店勘定一一四万一九〇〇円については、同押号の14支店勘定三七二一、昭和五九年一二月三一日被告人茂治一一四万一九〇〇円、未払分配金四三二、同日被告人茂治同額、同押号の16本店勘定三七一、同日二八四万四八〇〇円(前記杉町兼治同日支店勘定一七〇万二九〇〇円と被告人茂治の支店勘定一一四万一九〇〇円とを合計すると二八四万四八〇〇円となる。)、短期貸付金一二四、同年一一月一二日被告人茂治町民税一一四万一九〇〇円参照、短期貸付金三五八万九三二〇円については、同押号の14短期貸付金一二四、同年一二月三一日被告人茂治同額、未払分配金同日被告人茂治同額の記載があるが、その使途は不明〕、昭和五九年度の支払分配金につき、昭和六〇年一二月三一日、被告人利治が被告人茂治に対し短期貸付金として二七七六万一六三一円を貸し付け、同日、被告人利治が被告人茂治から一一九九万九八〇九円を長期の借受金として受領したものとして帳簿上処理されたが〔長期借入金一一九九万九八〇九円については同押号の15長期借入金四五一、昭和六〇年一二月三一日被告人茂治同額、諸口勘定五九九、同日同額、未払配当金四三二、同日被告人茂治三九七六万一四四〇円(長期借入金と短期貸付金との合計額と同額)参照〕、短期貸付金二七七六万一六三一円については、同押号の15短期貸付金一二四、昭和六〇年一二月三一日被告人茂治同額(貸方)の記載があり、その借方同年四月九日被告人茂治四六〇万円、相手科目三七二三、同押号の50本店勘定三七一、同日被告人茂治同額、現金一一一、同年四月三〇日一億四九六七万六二三三円、検二七一号被告人茂治の所得税納入同月九日四六二万三七〇〇円の記載を見ると右四六〇万円は被告人茂治の所得税の支払いに当てられたものと認められ、同押号の15短期貸付金一二四、その借方同年五月三一日被告人茂治一六二万円(相手勘定三七二三)、一五〇万円(相手勘定三七二一)、七万五〇〇〇円(相手勘定三七二一)、一五〇万円(相手勘定一一一)の記載があり、同日の右使途についてみると、支店勘定三七二三、同年五月三一日被告人茂治同額、同押号の50本店勘定三七一、同日被告人茂治同額、現金一一一、同日一億三二七〇万七三〇七円、検二七一号被告人茂治の所得税納入同年五月三一日本税四六二万円、同日利子税七万一一〇〇円の記載をみると、右所得税、利子税の支払いに当てられたものと認められ、その借方同年七月一日被告人茂治一九二万一七八〇円(相手勘定一一一)、現金一一一、同月三一日二億一一六〇万八三九九円の記載があり、その使途を検討するに、同押号の15短期貸付金一二四の同年七月一日杉町兼治一九八万七一〇〇円、同年一一月八日杉町兼治同額市民税と記載があるのをみれば、杉町兼治の同年七月一日の同額も市民税の支払いに当てられたものと認められ、被告人茂治の同年七月一日の一九二万一七八〇円と同年一一月八日の一九二万一六〇〇円が殆ど同額であることをこれに照らして考えると右被告人茂治の同年七月一日一九二万一七八〇円は被告人茂治の町民税の支払いに当てられたものと認められ、短期貸付金一二四、その借方同月三一日被告人茂治三五〇万八二〇〇円(相手勘定三七二一)、一五〇万円(相手勘定三七二三)、同押号の17本店勘定三七一、同日被告人茂治三五〇万八二〇〇円、同押号の50本店勘定三七一、同日被告人茂治一五〇万円、検二七一号同日被告人茂治六〇〇万八二〇〇円所得税納入の記載を見るとその端数が同額であることとその差が一〇〇万円であることに照らして考えると同日被告人茂治が受け取った合計五〇〇万八二〇〇円は被告人茂治の所得税の支払いに当てられたものと認められ、同押号の15短期貸付金一二四、その借方同年一一月八日被告人茂治一九二万一六〇〇円(相手勘定三七二三)、同押号の50本店勘定三七一同日、同額、被告人茂治町民税の記載をみると、右一九二万一六〇〇円は被告人茂治の町民税の支払いに当てられたものと認められ、同押号の15短期貸付金一二四、その借方同年一一月三〇日被告人茂治六〇〇万八二〇〇円(相手勘定一一一)、予定納税の記載、現金一一一同日一億八四二六万二九一〇円の記載をみると右六〇〇万八二〇〇円は被告人茂治の所得税に当てられたものと認められ、同押号の15短期貸付金一二四、その借方同年一二月三一日被告人茂治一四九万〇八〇〇円(相手勘定一一三三)、普通預金同日被告人茂治同額の記載はあるが、その使途は不明である。従って、同年一二月三一日の被告人茂治の短期貸付金二七七六万一六三一円中二四一五万四七八〇円が被告人茂治の所得税或いは町民税に当てられたものと認められる。そして、本件匿名組合契約に基づく分配金の処理については被告人茂治はじめ被告人利治、杉町兼治、荒木一夫すべてが諸井税理士に任せ、深い関心を示さず、昭和六〇年度の分配金についてはその処理がなされていない。

以上の事実が認められ、右事実によると本件匿名組合契約締結に関し主導的役割を果たしたのは被告人茂治と諸井税理士であり、被告人利治は自己の事業を被告人茂治に任せ、杉町兼治、荒木一夫は被告人茂治が被告人利治からその事業を事実上任せられていることを知っていたため、いずれも被告人茂治のなすところに従ったものと認められる。そして、被告人茂治の意図するところは被告人利治の経営する本件パチンコ事業の経営が順調で利益が挙がり、被告人利治の所得税の税率も最高になる勢いであったから、右パチンコ事業の経営の実体をそのまま維持しながらその税率を下げることにあったものであって、被告人茂治は諸井税理士からそのためには所得を分散する方法があり、分散するには匿名組合契約を締結すればよいとの指導を受けて被告人利治の高い所得税率を回避する目的のみで本件匿名組合契約を自ら結び、杉町兼治及び荒木一夫にも結ばせたものと認められる。被告人茂治は捜査段階においては、被告人利治の本件パチンコ事業経営が高収益を挙げ、被告人利治の所得税の累進税率が最高にまで及ぶおそれがあり、所得を分散したことにして税率を下げようとして匿名組合契約を結んだもので右契約は虚偽である旨述べていたが、当公判廷においてこれを覆し、右契約は仮装のものではなく、合法なものであると主張し、また、荒木一夫は捜査段階から一貫して本件匿名組合契約は合法である旨述べ、また、諸井税理士も捜査段階において本件匿名組合契約は合法的に締結されたものであって仮装のものではない旨強く主張しているけれども、前記認定の諸般の事実に照らして考えれば、いずれも取るに足りない。

以上のとおりであるから、弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人会社の判示第一の所為は、法人税法一六四条一項、一五九条一項に該当するが、情状により同法一五九条二項を適用して五〇〇万円を越えその免れた法人税の額以下の範囲で被告人会社を罰金八〇〇万円に処する。

被告人茂治の判示第一の所為は、法人税法一五九条一項に、判示第二の一乃至四の各所為はいずれも所得税法二三八条一項に該当するが、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年に処する。

被告人利治の判示第二の一乃至四の各所為はいずれも所得税法二四四条一項、二三八条一、二項に該当するが、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により各罪の五〇〇万円を越えその免れた所得税の額以下の罰金の合算額の範囲内で同被告人を罰金二億二〇〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金四〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとする。

訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文によりその二分の一ずつを被告人田中利治及び被告人田中茂治に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件法人税法違反被告事件は、被告人利治の経営する被告会社丸福建設の取締役として事実上これを支配し、また、同社の子会社である久保田土木の代表取締役としてこれを支配する被告人茂治が、被告会社丸福建設の昭和六〇年度の収益が高かったため、判示第一のとおり久保田土木に対する未払金として過大な負債を計上する等して三七九〇万余円の法人税を免れたものであり、本件所得税法違反被告事件は、被告人利治の長男であり同被告人からその経営する事業の後継者になることを期待されて事実上その事業経営を任されていた被告人茂治が、判示第二のとおり昭和五七年度から昭和六〇年度分まで四年間にわたって合計八億〇六〇三万余円の所得税を免れたものであって、その額が巨額に上ること、所得税のほ脱率は昭和五七年度が七七・九%、昭和五八年度が八二%、昭和五九年度が八六・九%、昭和六〇年度が八六・九%と極めて高率であること、被告人茂治は、被告人利治が昭和五四年八月三一日法人税法違反の罪により懲役八月、三年間刑執行猶予に処せられたことがあるから、被告人利治からその事業を事実上任され、その経営について発生する所得税の納入について不正があってはならないのに、本件所得税法違反、法人税法違反の各行為に及んだこと、所得税法違反の行為については諸井税理士が深く関与し、同税理士の取った措置には税理士倫理に悖るものがあるとはいえもともと被告人茂治が所得税のほ脱を企てたものであってこれを被告人茂治に有利な情状とみるべきものでもなく、その責任は重く、被告人利治についていえば、被告人茂治は被告人利治の長男であって、被告人茂治に事業を任せた以上前記判決の趣旨に照らして被告人茂治の業務執行について十分監督すべき立場にあるのにこれを怠ったものであって、その責任は軽くはなく、被告人茂治にはこれまで前科がないことなど以上諸般の情状を考慮し、主文のとおりの量刑をした次第である。

(求刑 被告会社丸福建設につき罰金一〇〇〇万円

被告人茂治につき懲役三年

被告人利治につき罰金二億五〇〇〇万円)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 早舩嘉一)

別紙一の1 修正損益計算書

株式会社 丸福建設

自 昭和60年1月1日

至 昭和60年12月31日

〈省略〉

別紙一の2

脱税額計算書

自 昭和60年1月1日

至 昭和60年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙二の1

修正損益計算書

自 昭和57年1月1日

至 昭和57年12月31日

田中利治

〈省略〉

別紙二の2

修正損益計算書

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

田中利治

〈省略〉

別紙二の3

修正損益計算書

自 昭和59年1月1日

至 昭和59年12月31日

田中利治

〈省略〉

別紙二の4

修正損益計算書

自 昭和60年1月1日

至 昭和60年12月31日

田中利治

〈省略〉

別表二の5

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別表二の6

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別表二の7

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別表二の8

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

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